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黒いiPodから始まった事件はどこへ向かうのか…。
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「俺たちは今売り出し中のロックバンド、ライトニング・スピードだ。今度、女性ボーカルを募集することにした。今夜九時からジャムろう。じゃんじゃんジャムってくれ」
音楽専門SNSにメッセージが流れた。

「ライトニング・スピード?知ってるか?」
「時々ライブハウスで見かける」
「うまし?」
「そこそこ。口ばっかで、なんだかぱっとしないから女入れるのいいかも」
「あいつら、嫌な奴らだよ。あたし、昔はファンだったけど、『やらせろ』しか言わないんだから」

九時。SNSで彼らの生演奏が流れ始めた。

「お!かっけー!」
「この曲だけな。メジャーデビューの話もあったけど、演奏がいまいちだから。ほら、また間違えた」
「曲を売れっていう話も断ったとのこと」
「バカだねぇ」

彼らの演奏に女性ボーカルが入ってきた。SNSのサービスで、遠隔地のユーザー同士の演奏を同時に流せる。気の合った者同士が一緒に演奏を楽しんだり、このようにスカウトするために使われたりしている。一緒に演奏することは「ジャムる」と呼ばれている。バンドの連中が「ジャムる」希望を送ってきているユーザーを切り替え、歌う女性が変わった。

「どれもいまいちだなす」
「へたくそバンドにいけてないボーカル」
「本当はボーカルなんて探していないのでは」
「つうと?」
「このSNS、外国の音楽関係者もいるとのこと」
「売り込みか」

予備校から吐き出される高校性たち。そこから走り出す同じ制服の女子校生三人。
「終わっちゃうよー」
「待ってよ!ミズキ!」
「ジャム、希望!」
ミズキはスマホでライトニング・スピードへの「ジャムる」希望を送った。走っていたミズキが急に立ち止まった。
「よし、きた!」
「やった!きたんだ」
ミズキはイヤホンをスマホにつなぎ、マイクのようにスマホを持った。
「いっけー!ミズキ!」
「ミズキ、歌います!」
路上でミズキが歌い出した。迫力のあるその力強い歌声で、回りに人だかりができる。ミズキは路上であることなど忘れて全力で歌いつづける。

「すごし!」
「カラオケ上手っ子じゃね」
「いや、この子すごいって」
「趣味の相違だな」

「おっしゃ、お嬢ちゃん合格だ。クリスマスイブの俺たちのライブに来な」

「ライトニング・スピードのくせに生意気なり。俺、ぜってー行く」
「あの迫力ある歌声、ぶーちゃんかも」
「歌を聴きに行くんだよ」

跳び上がって喜んでいるミズキ。
「おめでとー!」
友達も一緒に跳び上がって喜んでいる。

クリスマスイブの夜。小さなライブハウスでライトニング・スピードが演奏している。客席はそれほど盛り上がっておらず、クリスマスイブを一人寂しくしていたくない気持ちの集合体が淀んでいる。
「なんだ、みんな盛り上がってないな。独り者は寂しいってか」
ボーカルの言葉に客席から舌打ちが聞こえる。
「よーし、スペシャルタイムだ。俺たちライトニング・スピードに新たに加わる女性ボーカル、ミズキ」
ミズキがコチコチに緊張してステージに出てくる。ペコリと頭を下げると、客席にいる友人二人が大きな拍手を送る。
「よく来たな」
笑顔を作ろうとするミズキ。
「身の程知らずめ」
呆然とするミズキ。
「歌がうまいって友達に褒められているんだろうけど、考え甘いよ。ド素人が。懺悔するか、歌って恥かくか、決めな」
ミズキの頭の中は真っ白になった。

+ + + + + + + + + +


「ひどいバンドだな。せっかく彼女の歌を楽しみにして来たのに」
客の一人が帰ろうと出口に向かったとき、ギターケースを担いだみるからにロックな外国人の男が入ってきた。
「…」
出ていこうとした男は目を丸くして立ち止まった。外国人の後ろから高級スーツに身を包んだ外国人の女が入ってきて、店員と流暢な日本語で話す。彼女を振り返りもせずに外国人の男はステージに向かっていく。
「Wait」
「No!」

「お前のために時間とってやってるんだ。謝るか、歌うかしろよ」
ミズキは脚がふるえてきた。目頭が熱くなる。その時、外国人の男がステージにギターを置いて上がり、ミズキに親指を上に立てた拳を向ける。
「You're a good singer」
ミズキの目から必死にこらえていた涙がこぼれる。外国人の男はその様子にどうしてよいのか分からずオロオロしていた。いつの間にかステージに上がっていた外国人の女が、そんな彼をミズキの方へ突き飛ばす。ミズキの目の前に立った男は、ミズキをそっと抱きしめた。泣きじゃくるミズキ。
「なんだ、なんだ、お前ら。俺たちのショーを邪魔するんじゃねえ」
怒るボーカルの前に女が立った。
「へたっぴぃが偉そうに吐かすんじゃない。こいつを誰だと思ってんだ」
女は親指で肩越しに男を指差した。

ライブハウスを出ていこうとしていた男は、ひどく興奮している。そして、ステージを見ながら音楽SNSへメッセージを送った。
「スピードきたー!」
「ライトニング・スピードだろ」
「本物の スピード だ」
「あの『S』の?」
「イエス!」

「知らないな。そんな外人」
「あんた、それでもロック・ミュージシャン?」
「いい加減にしろよな。気絶させてから、やっちまうか」
ボーカルに襲いかかられた女は体を横にずらして、膝をボーカルの鳩尾にぶちこんだ。痛さに転げまわるボーカル。
「さっさと連れて行きな」
女に言われて、バンドの連中はボーカルをつれてステージから下がった。女は長い髪をさっとポニーテールに結び、ドラムの席に座った。
「Hey!Speed!Will you hug a girl forever?」
「Sorry, Secretary」
スピードはミズキを放し、照れ笑いしながらゆっくりと言った。
「You sing. I play the guitar. OK?」
ミズキは決心しかねている。
「Wait here」
スピードはミズキから離れギターを取り出すと、軽く調整してアンプにつないだ。右手を高く掲げ、開いた指を一本ずつ折っていく。人差し指だけ残った右手をさっと下ろしてギターを弾き始めた。同時に女がドラムを叩き始めた。高速の音の洪水がライブハウスを満たす。ミズキの体を音の奔流が突き抜け、背筋がゾクゾクしてきた。ざわつき、活気を取り戻す客席。

「演奏が始まった。中継するからお前らも聞け。封印されていた『S』の曲だ」
出ていこうとした男はスマホを突き上げて、ステージに向けた。

ギターを弾きながらミズキに笑顔を向けるスピード。
「Come on!」
ミズキは強い衝動にかられ、マイクを拾って歌い出した。そのパワフルな歌声に歓声が起きる。

「素晴らしい。ドアを開け放ってきなさい」
興奮したライブハウスのオーナーが店員に言った。
「え?」
「少しでも多くの人に聞いてもらいたいんだ。スピードの演奏を。そして、スピードのギターに負けないあの娘の歌を」
店員は急いでドアを開け放って戻ってきた。
「雪が降り出しました」
「そうか。いいクリスマス・イブになったな」

雪が降り出したクリスマス・イブの街に音楽が溢れ出した。



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