少しでも涼しいところを見つけようとさまよっている猫。深夜の道に人気はなく、聞こえてくるのは、暑い空気を街に充満させるエアコンの音。猫が恨めしげにエアコンを見つめる。ひげをピクリとさせて振り返ると、タカシがいる。

「よう、ただいま」
猫はタカシの脚に体を擦り付けて甘える仕草をする。その姿はお金のために媚を売る女のようにも見え、父に甘える幼子のようにも見える。
「えさ持ってきてやるから、ここで待ってな」
タカシは猫の頭をくしゃっとなでると、歩き出したが、すぐに振り返り、
「今度金が入ったら、高い魚食わせてやるからな」
猫はその意味も分からず、タカシの笑顔に嬉しそうな鳴き声で答える。
タカシはすぐそばの古びたマンションに入っていった。
猫はタカシの背中を見送ると、彼氏を待つ若い娘のように、そわそわと歩き回ったり座り込んだりしていた。

タカシは階段を上りながら、
「あの猫、名前付けてやらなきゃな」
と思わず声に出して言っていた。自分の部屋に入り、灯りをつける。いつもの自分の部屋。男の一人暮らしのとっちらかり。なんだろう、何か違う。この異常な暑さのせいか…。エアコンのリモコンのスイッチを押した時、彼は全てを失った。

猫は驚きの余り、力の限り叫んだ。怒りのような爆発音とともに、マンションの窓ガラスが猫の夢とともに砕け散った。街はお祭りのように灯りをつけ、人々の騒々しい声があちこちで起きている。

猫はあまりの騒々しさにそこを離れた。タカシにはもう会えないことを知らずに。