聖都大学の飛び入学試験は前期入学試験と同時に行われ、同じ問題が使われる。ただし、飛び入学試験の科目は二日目の物理と数学のみ。午前、二時間の物理の試験が行われている。静寂の中、解答を書く鉛筆の音がゆるやかに流れる。開始三十分。すっと手が上がる。手を上げたのがアキラと分かり、山崎助教が行こうとしたが、近くを見回っていた重盛助教がアキラの斜め前にしゃがみ、小さな声で話す。
「どうしました？」
「できた。出ていい？」
「開始後一時間は退室できません」
「分かった」
アキラは机に伏せてしまう。アキラの後の席の大場が、そんなアキラをバカにしたような目で見る。

開始後一時間がたち、アキラが頭を起こし、再び手を上げる。近寄りしゃがむ重盛。
「どうしました？」
「はい」
アキラは答案用紙を重盛に渡して立ち上がる。
「ちょっと、待ちなさい」
重盛はアキラの答案用紙を見たまま、動かなくなる。
「どうしたの？」
「あ、ごめん。受験番号は書いてるね。退室していいよ」
重盛はアキラの答案用紙を教卓へと持っていき、教卓にいた森本教授にアキラの答案用紙を見せる。森本教授は、アキラの答案用紙を見ると、重盛と目を合わせて微笑みあう。森本は幸せそうにどこか遠くの方をしばらく見つめ、受験生たちの後方へと移動した。山崎は教卓に置かれたアキラの答案用紙を見に行った。そこには解答が書かれた何の変哲もない答案用紙が置かれていた。
物理の試験が終了し、受験生たちは昼食に向かった。
試験監督たちは、控え室に集まって仕出し弁当を食べることになっていた。山崎は重盛を誘い、一緒に食べることにした。
「いきなりで申し訳ないのですが、あの途中退室した子の答案用紙になにかあったのですか？」
「ああ、あれですか。そうだな…いいですか？」
重盛が仕出し弁当を開く。
「どうです？おいしそうですか？まずそうですか？」
「え!?それなりに上手そうですけど」
「しまった！例が悪かったか」
森本が二人の近くに座る。
「あの答案用紙かね？」
「は、はい。お二人の様子が普通じゃなかったので」
「重盛君、あれをみて最初に思ったのは？」
「満点」
「そう。あれは、満点の解答が書かれた答案用紙だ」
森本が幸せそうにどこか遠くの方を見つめる。
「満点だと、そんなにすごいんですか？」
「勘違いしないでくれたまえ。我々は採点したわけじゃない。あの美しさ。あれは、満点だ。満点に違いない。満点であってくれ。この気持ち分からないかな？」
「つまりね。こう、弁当を開けて、もう見ただけで美味そう！これは、美味いに違いない。美味くあってくれっていう気持ちだよ。そんな弁当に出会えたらどんな気がする？」
「重盛君、うまいこと言うね。彼は物理の天才に間違いない。彼の面接には是非参加したいな」
『物理の天才…か。彼の数学の答案用紙を見たとき、僕は何を感じるんだろう…。いや、それよりも、あの松田教授が作ったレジェンド…。彼があの問題を見たときにどんな顔をするのか、早く見てみたい』

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