聖都大学の飛び入学試験室。入室する試験監督たち。その後からすっと入って席についたアキラ。他の受験生は皆すでに席についている。アキラの後の席の大場が小声でアキラに話しかける。
「派手なことしてくれたな。お前の得意が物理だってことは分かったよ。俺には物理なんかどうでもいいんだ。俺は数学の天才だからな」
「そこ、静かにしなさい」
机に伏せるアキラ。試験監督から物理の試験の時と同様の注意事項が述べられ、問題用紙、答案用紙、小冊子が配られる。試験監督の一人、山崎がアキラの席の小冊子をじっと見つめている。

30分ほど前の試験監督室。昼食が終わり、コーヒーを飲んでいる森本、重盛と山崎。重盛が試験監督のマニュアルをパラパラとめくりながら、
「数学の試験では小冊子を配るのですよね。こんなの初めてだな」
「うちの松田先生の問題用です」
「松田君か。金を儲けられる数学者で有名だ。山崎先生は松田君のところなんだ」
「ええ」
「前期試験の分もあるだろ。すごい数だ。これ、松田君のポケットマネー？」
「違いますよ。スポンサーがいますから」
「入学試験にスポンサーを担ぎ出すなんて、えらい力の入れようだね」
「ええ。ひとりの受験生が松田先生を動かした」
「ほぅ。あの彼みたいな数学の天才がいるんだ」
「彼ですよ」
「え!?彼は数学もかなりのものなのかね」
山崎はCBTの話をした。
「なるほどね。で、松田君はどんな問題を作ったの？」
「レジェンドです。試験のときに試験監督用の問題用紙で確認してください」

「解答始め！」
三時間という長丁場の数学の試験が始まった。アキラもむくりと頭を起こし、つまらなそうな顔をしながら問題に取り組み始める。重盛は最後の問題を見て、狐につままれたような顔をして、森本を見た。森本は今にも笑い出しそうな顔をしていた。30分がたち、アキラが最後の問題を読んで、小冊子を手に取って読み始めた。アキラが鼻歌でも歌い出しそうな笑顔になる。それを見た山崎が小さくガッツポーズする。最後の問題はたった一行だった。

MFと書かれた小冊子を読んで、先物オプション金融商品を作れ。

小冊子を読み終えたアキラは、しばらく幸せそうに虚空を見つめる。そして、問題用紙の余白に数式を書いては消し、険しい顔で虚空を見つめることを繰り返した。大場はそんなアキラを後から見て、いやらしい笑みを浮かべて、問題を解いていく。

試験終了30分前。大場は最後の問題を読み、小冊子をパラパラと見た後、肩をすくめて小馬鹿にした笑みを浮かべて手を上げる。山崎がそばによってしゃがんで、小声で話しかけた。
「どうしました？」
大場は声をはってこたえた。
「終わりました。帰っていいですか？」
「大きな声は出さないように。終了前30分を過ぎたので、もう退室はできません」
大場は大きな声で欠伸して机に伏せた。アキラは、数式を書いては消しをまだ続けていた。その顔には笑みが浮かんでおり、書いた数式を愛でているかのようだった。

試験が終わり、帰り支度が始まった。ざわざわとした中、大場がアキラに話しかける。
「手こずってたようだな」
アキラは筆記用具をポケットに突っ込み、何も言わずに去っていく。
「中坊が恰好つけてるんじゃねえよ！」
アキラは振り返らずに中指を立てた右手を高く突き上げて、部屋を出る。
「ふざけやがって！」
大場はドアに向かってダッシュしたが、アキラの姿はもう見えなかった。
「ちっ！逃げ足の速い奴だ」

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