スミレとスピードのストリング対決が続いている。
「聞いていると、興奮してきませんか？」
「ええ。ギターとか詳しくはないのですが、なんだか、こう、拳を握り締めたくなってきます」
「スピードが自分に欠けていたものを手に入れたからですよ」
「欠けていたもの？」

「時々、音が乱れたり、リズムが狂ったりしてるのが分かりますか？」
「え…」
「スピードは粗暴でとてもいい加減な男に見えますが、ひどく繊細で、完璧な演奏を好みます。完璧な演奏をするためには何が必要か分かりますか？」
「抜きん出た技術ですか」
「余裕です。100%限界ギリギリの演奏をすれば、どこかでミスをしてしまいます。80%,90%で素晴らしい演奏ができるように技術を磨いていく。クリーンな演奏もいいけど、限界ギリギリの演奏も聞いてみたいと思いませんか？」
頷く春日。
「スミレは、それをジャパン・ライブでやりたかったんですよ。スミレが歌い出したときからそれは始まっていた。フィリーは、それに乗った。あのフィリーがいくつかミスをしているんですよ。でも、フィリーはそれを楽しんでいた。スティーブはよく分からない。彼は底がしれません。で、スピードです。スピードはクリーンに演奏するために逃げた。それが、あの演奏でした。幼い頃のように全力で楽しみながら演奏しよう、スティーブのソロがそう言っているように思えませんか」
春日は驚いた顔をしている。
「そんなスピードにスミレはストリング対決を仕掛けた。ボーカルにストリングで負けるなんて、スピードのプライドが許すわけありません。しかも、スミレはクリーンさではなくミスを恐れない激しさでアグレッシブに攻めてきている。さっきとは違って、スピードはなりふり構わず全力で演奏している。見てくださいスピードのあの楽しそうな顔。夢中になっている子供のようだ。それにしても、スピードのためにスミレは無理をしすぎている…」
スミレのベースの音が急に乱れて途絶える。スミレは崩れ落ちるように座り込んでしまう。
叫ぶスピード。
「Sumire! Go down!」
スミレは迫りとともにステージ下に消えていく。
「Come on!」
フィリーとスティーブが演奏を始める。
「素晴らしい」
頷く春日。
「一曲目も凄かったけど、比べ物にならない。凄く激しいけど爽快感にあふれている」
「僕もそう思いました。青空の下、野原を転げ回っているように楽しくて、気持ちよかった」
「春日さん、うまいこと言いますね。それ、いただきだ」
照れる春日。
演奏が終わり、迫りとともにマイクを持ったスミレが現れる。温かい拍手がスミレを迎える。青空を見上げて微笑むスミレ。三人がいつでも演奏できる構えに入る。スミレはスピードを見て微笑み、「だめよ」と指を振る。ギターから手を離すスピード。フィリーとスティーブも構えをといた。スミレがゆっくりとマイクを口元に近づけて歌い出した。

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