ロック同好会の部屋でリョウが一人ソファに座ってエレキギターのインスツルメント曲を聞いている。BGM程度の適度な音量で流れるエレキのサウンド。美しい音色にリョウは聞き惚れていた。静かにドアをノックする音にリョウはゆっくりと立ち上がって、ドアに向かった。リョウがドアを開けると、エコ袋を提げた春日が嬉しそうな顔をして立っていた。
「やあ、来ましたね」

「はい、スミレの話が聞きたくて。『スピード　ホワイト』ですね」
「ええ。まあ、入ってください」
リョウに招かれて入った春日は、エコ袋からウイスキー、ビール、酎ハイ、おつまみを取り出してテーブルの上に置いた。
「いやあ、好みが分からなかったから色々買ってきちゃいました」
リョウは握手の手を差し出した。春日はズボンで手を拭いてリョウと握手する。
「山崎リョウです」
「春日一です」
「グラス出しますね。まずはビール飲みましょう。座っててください」
リョウは冷蔵庫からビールを取り出し、グラスと一緒にテーブルまで持ってくると、春日の向かいに座り、ビールを開けてグラスに注ぐ。
「どうぞ」
「すいません。あ、入れますよ」
「ここからは遠慮なしの手酌にしましょう」
リョウは自分のグラスにビールを注ぎ、春日と乾杯する。
「何から話しましょうか」
「『ブラック』のコンサートの話を一番聞きたいのですけど、実は日本のポップスが好きで、ロックには詳しくないし、恥ずかしながら彼らのこともよくは知らないので、その辺から話していただけますか」
「わかりました。まずは『ホワイト』を聞きましょう」
リョウはリモコンを手にして、曲を変えた。ライブハウスのざわついた音が聞こえてくる。
男の声が聞こえる。「Yes, mam」
別の男の声が「Yes, mam」
そして、三人目の男の声が「OK, Ms. Sumire」10秒ほど間を置いて、同じ男の声が「Yes, mam」
ざわつきが止まり、静寂が訪れる。若い女性の艶のある歌が激しく始まる。その音色はとても哀しく、胸を締め付けるものがある。正確なリズムを刻むドラムが入ってくる。彼女の歌を見守っているかのように、やさしく刻まれるリズム。彼女を慰めようとするかのようにキーボードが美しいメロディーを紡ぎ出す。エレキギターが乱暴だが美しい音で彼女を元気づけようとする。彼女の歌声は彼らから逃れようとするかのようにメロディーや音域を変えていく。彼女の声域は一体何オクターブあるのだろうか。ドラム、キーボード、ギターがいろいろな表情を見せながら彼女の心を開こうとする。
二曲目、ドラム、キーボード、ギターだけの曲が流れる。繊細なメロディーをかき鳴らすギター、魔法のように次々と美しいメロディーを生み出すキーボード、そんなギターやキーボードに引きずられることなく、美しくリズムを刻むドラム。音は絡み合い、不安な気持ちが増殖していく。
三曲目、一曲目と同じ曲を歌う女性の声。ドラム、ギター、キーボードは黙り、哀しみが深く結晶化していく。
四曲目、爆走するギター、凄まじい速さで音が紡ぎ出されていく。ギターにピタリとリズムを合わせていくドラム。テンションのゲージが目一杯上がったところで、キーボードが入ってくる。三つの音は融合し、激しい音が軽やかに踊りだす。体全体がドライブ感に包まれていく。
五曲目、キーボードの楽しいメロディーに躍動するドラム、軽やかなギター。すーっと入ってくる女性の歌。キーボード、ギター、ドラムが奏でる楽しい曲が、哀しげな歌声を際立たせる。ギターの音がやみ、キーボードも音を消し、やがてドラムも音を止めた。思い出に胸を引き裂かれるような「You loved me.」を最後に歌声も聞こえなくなる。静寂が続く。1分…2分…3分。「I love you.」あまりにも哀しいつぶやき。
リョウと春日は同時に溜め息をつき、目と目を合わせて微笑む。
「ビール飲むのも忘れて、聞いちゃいましたね」
「本当だ。二人とも」
二人はぬるくなったビールを飲み干す。リョウは『ホワイト』のギターパートだけのアルバム『スピード　ホワイト』を流して、立ち上がると新しいグラスと氷、水を持ってきた。
「ウイスキーにしましょうか」
「いいですね」
リョウはロックを作り、春日は水割りを作った。再び乾杯。
「スミレは『ホワイト』でデビューした」
頷く春日。
「今聞いた『ホワイト』とメンバーの話から始めましょう」